【結論】
彼女たちは、子供である前に一人の人間だから。
私に気づきを与え、成長させてくれる存在でもあるから。
ども、くにるどです。
今朝も元気に、長女から頭突きを頂きました。
イテーヨ。
娘からの頭突き
中3の長女と親愛のヘッドパッド。
ヘッドパッド。
頭突きのことです。
どちらかが出かけるとき
おやすみの挨拶をするとき
毎回欠かさず!
ではありませんが、9割以上は忘れず実施しております。
ええ、今朝も玄関で喰らいました。
親愛のヘッドパッド。
うん、いい響きだ。
ちょっぴり頭が痛いですけどね。
「うおおっ! アタマ痛いぜ!」
FF7のバレットのセリフを思い出す。
母が娘を呼び捨て
妻はよく、長女&次女を呼び捨てにしています。
呼び捨てって、呼んで捨てると書きますね。
その言葉自体がひどいように思えます、ドイヒー。
誤解のないように申し上げますが、娘たちと妻、とても仲はいいです。
言い争いも絶えないようですが、仲良しです。
だからといって、尊敬されているようにも見えないのが辛いところです。
そして私は彼女たちを呼び捨てに・・・しないなぁ。
なんでだろう。
なんでだろう。
深く考えたこともない。
習慣だからだ。
習慣で行うことは、ほぼ無意識である。
そして習慣は未来に大きな影響を及ぼす。
1日1%の変化
1日1%の改善もしくは改悪があったとします。
なんだ、たったの1%の変化か。
しかし侮ることなかれ。
毎日毎日、1%ずつ変化をする。
これが365日、続いたとしましょう。
1年後には37倍になっているのだ。
改悪だったら恐ろしい。
改善だったら嬉しすぎる。
37倍も変化があった人間。
もはや1年前とは別人と言っても過言ではないでしょう。
毎日0.1%の変化だって、決してバカにすることはできない。
複利パワー、すんげー。
アインシュタインもびっくり。
マジです。
毎日名前を呼び捨て
恐るべし複利パワー。
娘達の、私への評価が複利で増減するとしたら?
考えるだけゾッとする。
親に呼び捨てされることにより、親への好感度が1%減るとしよう。
それが毎日続き、1年後にはその好感度はどうなるか。
目を覆いたくなる現状がそこに鎮座することになる。
まぁ、親への好感度などそのように単純に数値化できるものでもないが、
子供の立場では、感情はどう動くだろうか。
「呼び捨てされることが好き!」
という希少な子もいるかもしれない。
だが、少なくとも私は呼び捨てをされる事自体、負の感情を抱く。
ゆえに、私は娘たちを呼び捨てにしない。
「~さん」「~やん」がメインだ。
まことさん、まこやん。
こんな感じか。
もちろん、妻も呼び捨てにはしない。
「~さん」ですね。
「~りんこさん」とも呼ぶこともある。
しおりんこさん、さおりんこさん、ゆりんこさん、えりんこさん・・・みたいな。
会社でも呼び捨ては禁止するところも少なくないでしょう。
呼び捨てされて、喜ぶということは無いであろう、社会人は。
なんにせよ、人を呼び捨てにすることのメリットを私は知らない。
一人の人間としてみなす
親だから子よりも偉い。
親より優れている子なんていない。
親が子供を育てなければならない。
一般的にはそう考えられているのだろうか。
そこに尊敬という概念が入る余地はない。
一人の人間として扱うこともない。
自分より劣っている面が目立つからでしょうか。
大人と子供です。
力、知識などは子供に負けることはないでしょう。
ましてや、生まれたばかりの無力な状態の赤子を見れば、
親という存在は圧倒的なものでしょう。
だが、成長する子供を見ていると、むしろ彼女らの方が圧倒的な存在と認識できます。
成長する割合は、大人とは比較になりません。
むしろ畏怖の念さえ覚えます。
もちろん子供は無知で経験が浅いうちは、褒められるような思考も行動もしないでしょう。
失敗するし、他人に迷惑かけるし、不快な思いもさせるし。
そこに知識を与え、判断基準を持たせること、
行動する軸を彼らに持たせることは親の役目でしょう。
一言で教育ですね。
子供たちは自分でも勝手に学びます。
そこに加えて、親に教えられることにより、
さらなる学びと成長があるでしょう。
グダグダ長々、延々と言葉多く教えることはしません。
さらっと結論を伝え、思考の余地を与えます。
そして「これからどうするか」を考えさせます。
紙に書いてもらうと、なおグッドですね。
お礼を伝える
先日、長女に手袋と折りたたみ傘、パジャマの修理をしてもらいました。
受験生という身分であるにも関わらず、快諾したことが印象的です。
良い具合に仕上がっておりました。
その際、長女に合掌してアタマを下げて
「ありがとうございます」
と伝える私がいました。
日頃から神社、神棚にて行っている動作ゆえ、娘が相手でも
なんの抵抗もなく行えるのですよね。
それってフツーじゃん、と言う方もいるかもしれません。
ええ、フツーです。
普通って、習慣的に行っていることで、意識せずともお礼が言える。
礼節ある動作も伴って。
タダでやってもらうというのも、どうかと思い、ほんのりお高いゼリーを差し上げました。
そこで問題が生じる。
次女、妻の前で長女だけが美味いものを食べるのか?
・・・
・・
・
ぐ、ぐお・・・
3人分必要となった。
ま、まあいいです。
お金は他人に喜んでもらうために使うもの。
きっとそのお金は戻ってきます。
沢山仲間を引き連れてくれたらいいなぁ。
子は親を真似する
子供の行動って、親に似てくる。
悪い習慣など、特に目立つ。
良い習慣は、あまり目立たない。
早起きする、葉を磨く、食事前に合掌していただきます、と言う。
帰宅して宿題する、本を読む・・・などなど。
良い習慣って、目立たないですよね。
褒めたほうがいいところなのだろうか。
悩ましい。
かと言って、悪い習慣に小言を言うこともない。軽く一言伝えれば、すぐに正す彼女たちでもあるし。
悪い習慣って、親がやっている場合が多いのよね。
立って食べる、You Tubeを見ながら何か食べる、食べる際、一口がやたら大きい。
うん、私が時々やっている悪行だ。
明るいうちから酒を飲む。
うおおおおっ
それ、真似されたら困る!
バレないようにこっそりやらなくては。
呼び捨てにしない理由
子供は親にも教えを示す。
気づきを与えてくれる。
問題に直面したとき、大前提が間違っている可能性も教えてくれる。
そんな頼もしい存在ゆえ、私は娘たちの名前を呼び捨てしない。
その結果なのかどうかは断言できませんが、彼女たちとの関係は非常に良好です。
まったくもって、恵まれたものです。
ありがたやありがたや。
今後も彼女たちを呼び捨てにすることはないでしょう。
長々と最後までお読み頂き、ありがとうございました。
かむながら たまちはえませ



コメント