娘の常識を否定しないということ

エッセイ

長女(中3)の、とある試験のため、
青山学院大学相模原キャンパスへ連れて行く。

國ルド「マコなり社長の母校だぞ」
長女 「知ってる」
國ルド「ふっ、さすがだな。でわ、マコなり社長の残留思念、とくと味わってこい」
長女 「ちょっと何言ってるのかわからない」

ごめんorz。

長女(中3)の反抗的態度。
私に対して全くないのが助かる。
その代わり嫁るどさんにはキツイ。
基本的に嫁るどさんと長女の仲はいいが、
やはり態度、口調が厳しい場面にはしばしば出くわす。

長女「ねえねえ、ママ〜」

嫁るどさんに声をかける時は「ママ」
私に声をかける時は「おとうしゃ」

なぜ、お母さんでなくママなのか。
疑問を抱く嫁るどさん。
理由を率直にお尋ねお尋ねしたらしい。
その時の返答、長女の持論。
以下の通りだったとのこと。

「お母さん」という言葉。
それはしっかりした人に対して使うもの。
そうなのか。
その言葉を聞いた状況、体験、イメージ。
それらが彼女たちの価値観を形成してるらしい。

にしてもだ。
中3でママってどうよ。
と思うこと自体が、常識にとらわれていることなのか。
思考、価値観は錯覚で出来ている。
適度に自己否定、疑問いだくこと重要。
相手の背景を想像する力を与えてくれる家族に感謝。

國ルド「ママってのは上位クラスの名称だぞ。約束の!ネバーランド!」

次女「ここは現代ニッポンだぞ、おとうしゃ大丈夫かっ!」

突然、姉を庇う次女あらわる。各々は大して手強くないのに、協力すると厄介な奴らめ。

國ルド「エマ、可愛いよね、エマ」

長女「可愛いからおとうしゃ、脇毛みせて」

やめれ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

かむながらたまちはえませ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました