【エッセイ】くにるでぃーころんだ

最初に結論を。

「転んでもラッキーなのです」

で、タイトル通り転びました。
顔面に迫りくるアスファルト。
あらあらまあ、アスファルトさんってば

なんてスピードでくにるどに迫ってくるのでしょう!

GUOSYA!!

わけのわからない効果音を拝聴。

ええ、盛大に転びました。
顔面から行ったのか
膝から行ったのかはわからないけど

うん、おびただしい量の鼻血。
すごいね。
ハンカチで抑えてもボタボタ。
すげー、ハンカチ絞ると血が!

転倒したのは都心の某地下鉄駅の入り口付近。
時刻にして23時過ぎ。

鼻血とまらん。
ゆえに改札を通り、トイレに籠る。
傷口を洗浄して鼻血を止めるために。
うん、トイレの床、血だらけ。

汝、地下に通ずる
その入口より
紅赤朱(くれないせきしゅ)の痕を辿れば
必ずや到達するであろう
汝の溜め込んだ穢(けが)れを
祓い清める水の大神の元へ

そんな感じに駅入り口からトイレまで血痕を残してきた。
いや、生涯において過去最高と思える多量の出血。
これ以上の量はぜひとも御免被りたい。
冗談抜きで死を意識する。

ラッキーだったのは赤い上着を着ていたことか。
マウンテンパーカーである。
よく見ない限り、服が血で汚れていることが分からない。
なんてツイているんだ。

そう、ここで素直に思えたことは
転倒したことは、ツイているんだよ、ということ。
意味があって転んだのだよ、ということ。

怪我して、どこがツイてるん?
という考えも、ごもっとも。
ええ、痛いし生活に少々支障がでるし。
そのこと自体は、良い事とはとても思えない。

「神様の時間調整」
という話を思い出す。

・運転中、赤信号にひっかかる。
・靴のヒモが、ほどける。
・突然もよおして、トイレに行く。

これらは「不幸を避けるため」
もしくは
「幸運に巡り合うため」
そのために必要な時間調整なのだよ。

車の運転中における「神様の時間調整」
という概念はわかりやすい。
交通事故の殆どは、秒単位の差で避けられると革新しています。
ほんの2~3秒の時間差で避けられた事故は多いのではないでしょうか。
かくいう私も、先日にだ。
危うくバイク(125ccのスクーター)にて
交差点で車と衝突するところでした。
左側より赤信号なのに勢いよく右折してきた車と。
私は足元に荷物を載せており、
落ちないよう慎重に運転すべき状態でした。
ゆえに赤信号で停車御、信号が青になって
ゆっくりと走り出したことが幸いした。
勢いよく加速して出発していたら、
多分その車と衝突していたと思われます。

話し逸れましたね。
神様の時間調整だ。

くにるどは転んだ。
タイトルの通り
くにるでぃーころんだ

である。
傷・鼻血の処置。
それによる時間経過。
それによってその後に訪れる不幸を回避した。
訪れる不幸ってなんやねん?
抽象的すぎるかもしれませんが、いくらでも考えられますため具体例は省略します。

転倒して傷を負い、痛い目に遭ったにも関わらず
「ああ、痛いけどツイているな」
私はそう心から思えたのである。
そりゃ、コケた瞬間は痛いし
「なんでやねーん!」
「マジかよーっ!?」
と思いましたけどね。

しかし不運なことではない。
だって私はツイているのだから。
今年になり、私はそのようなマインドセットを手に入れることが出来ました。

もう一度結論を。

「転んでもラッキーなのです」

何かしらの不幸を回避できたのだから。
何かしらの幸運に巡り会えるかもしれないのだから。

あ、トイレの床はキレイに拭き取りました。
駅構内の血痕は・・・流石にorz
駅員さん、仕事増やして申し訳ありませんでした。
その血痕をご覧いただいた方々。
心を乱された方もいらっしゃったかと存じます。
申し訳ありませんでした。

日頃より公共の場を掃除をして下さる方々に敬意を。

かんながらたまちはえませ。

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